2016-11-16 23:39 | カテゴリ:栃木県
那須ロープウェイ観光後走っていると
殺生石(せっしょうせき)という看板を見つけたのでちょっと寄ってみる事に

20160928SSS (1)

殺生石(せっしょうせき)は、栃木県那須町の那須湯本温泉付近にある溶岩です。
付近一帯 には硫化水素、亜硫酸ガスなどの有毒な火山ガスがたえず噴出しており、
「鳥獣がこれ に近づけばその命を奪う、殺生の石」として古くから知られています。
(ネット引用)

確かに硫黄の臭いが立ち込める感じです!
でも鳥獣が命を奪われるほどの臭いはありませんので^_^;

20160928SSS (5)

とりあえず歩いてみる事に~

20160928SSS (10)

こんな感じで歩けるので散歩がてらにはちょうど良いかも!
みやもっさん撮影頑張ってます!

20160928SSS (2)

撮れた写真がこちら~

ちょっと歩くとたくさんのお地蔵さんがあります!

20160928SSS (4)

この千体地蔵、衆生の平安を祈って、とても大きな御手をしているのが特徴です

とおりあえずメイと撮ってみました(^^;

20160928SSS (3)

メイはこの場所でも歩きません(・・;) 
この日にメイが歩いたのは数分程度でしょうか・・・。

千体地蔵の奥には教伝地獄と書かれた看板があります!

20160928SSS (8)

真ん中に大きなお地蔵さんがありますがこのお地蔵さんは教傳地蔵といいまして
これもネットで調べてみるとわかりましたが内容が長くなっちゃうんで
読まなくてもいいかもです(^▽^;)

とりあえず引用したものを下に記します。

教傳地獄の由来は文保2年(1318)頃、奥州白河五箇村にあった蓮華寺に
"教傅"という手の付けられない悪童が預けられたそうです。
教傅は行いが改善されぬまま大人になり28歳になると住職となり
実母と寺で住むようになりました。
元亨元年(1336)教傅は友人達を連れ添って那須温泉に遊興しようとした朝、
旅支度が出来ていない事に腹を立て母親の出した朝食を足蹴にしてしまいます。
教傅は那須温泉に着き殺生石を見学に来たところ、急に雷鳴が轟き、
地割れから溶岩が流れ出し、友人達は逃げましたが
教傅は金縛りにあったように硬直し飲み込こまれてしまいました。
誰しも教傅の悪行、親不幸に天罰が下ったと悟り、
後の享保5年(1720)に地蔵を建立し親不孝のいましめとし信仰の対象としました。
現在も荒涼とした風景は地獄を思わせ、当初は1体だった地蔵尊像も何時しか
千体地蔵と呼ばれる程数多くの石仏が奉納、寄進されました。

本当に長いでしょ(^^ゞ  でも内容はわかりました~

教傳地蔵を通り過ぎると殺生石(せっしょうせき)に到着です!

20160928SSS (7)

石があるだけで凄いって感じがしなかったのですが~
この殺生石(せっしょうせき)のそばには那須温泉神社があります!
また調べてみるとやはり長くなるのでこれは記すのをやめますね^_^;

20160928SSS (6)

最後にこの殺生石(せっしょうせき)は松尾芭蕉とも関係があるようです!

20160928SSS (9)

奥の細道に殺生石(せっしょうせき)がでてくるようです!!

野を横に馬牽むけよほとゝぎす
殺生石は温泉の出る山陰にあり。
石の毒気いまだほろびず。蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す。

と記載されているようです!!

歴史の勉強になったみやもっさん達でした(^。^)y-.。o○

その次に行ったのはお昼ご飯~
その時の記事は  こちら  です!

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